20年来の悪友がいる。口は悪い。態度もでかい。でも、こいつの「それって本当か?」という問いほど、俺を鍛えてきたものはない。
先日、久しぶりに飯を食いながら、こんなことを言われた。
「お前さ、最近チャクラとかプラナとか言ってるじゃん。あれ、ガチで信じてんの?オカルトじゃないの?」
売られた喧嘩は買う。本気で答えてやる。
「まず聞くけど、チャクラって知ってる?」
「なんか、体の中にぐるぐる回るやつがあるとか言う、ヨガとかスピリチュアルのやつだろ。インチキ臭い。」
まあそうだよな。日本でチャクラと聞いて、「科学的だ」と思う人間は少ない。
チャクラという言葉はサンスクリット語で「車輪」や「円盤」を意味する。古代インドのヴェーダやタントラの伝統に登場する概念で、人体にはエネルギーの出入り口となる「点」がいくつも存在すると考えられてきた。主要なものとして7つが知られている。
「目に見えるの?」
「見えない。」
「じゃあオカルトじゃないか。」
「待て待て。目に見えないものがすべてオカルトなら、重力もWi-Fiも愛情も全部オカルトだろ。」
「……それは詭弁じゃないの。」
「まあ聞けよ。」
7つの主要チャクラの位置は、古来から決まっている。
「で、この位置に何があると思う?」
「知らん。エネルギーの渦?」
「神経叢だよ。」
「……は?」
神経叢とは、複数の神経が集まって網目状に絡み合った「神経の集積点」のことだ。体の各部位の制御を担う、いわば電気系統のハブ。
第3チャクラの位置にある「太陽神経叢(ソーラープレクサス)」は解剖学の教科書にも載っている。みぞおちに強い衝撃を受けると息ができなくなるのは、ここに神経が密集しているからだ。
第4チャクラの「心臓神経叢」、第5チャクラの「頸部神経叢」、第6チャクラの位置には脳内で視床下部・松果体が存在する。
「チャクラの位置と神経叢の位置が、ほぼ一致してる(第7チャクラ・サハスラーラだけは例外で、対応する神経叢はない。ただし頭頂部の下には脳がある。神経の集積という意味では別格だ)。」
「……それ、ただの偶然じゃないの?」
「偶然で片付けるには、出来すぎてると思わないか。数千年前に解剖学がなかった時代に、体の重要なハブの場所を言い当ててたわけだから。」
「……まあ、確かに気持ち悪いほど合ってるな。」
悪友が少し黙った。こういうとき、こいつは本気で考えている。
「でも、意識を向けると体が変化するって話、それはプラシーボじゃないの?」
「プラシーボって、どういう意味で使ってる?」
「要は、思い込みで体が変化するってことだろ。本物じゃない。」
「待ってくれ。プラシーボ効果は『思い込みによって実際に体に変化が起きる現象』だよな。実際に変化が起きてんだろ?」
「まあ、起きてはいるけど……」
「じゃあ本物じゃないか。」
実際、意識と体の関係は科学的にも研究が進んでいる。体の特定の部位に意識を向けると、その部位の血流が増加したり、筋電図(筋肉の電気活動を測る検査)に変化が現れたりすることが確認されている。
「体の一部に意識を集中させること」はバイオフィードバック(体の内部状態を意識的にコントロールする手法)の基本原理でもあり、リハビリや心理療法の現場でも使われている。
「俺が合気道ベースのエクササイズをやってるとき、特定の部位に意識を向けると動きが変わる。力を入れてないのに相手が動く。これをプラシーボで説明するのは無理があると思う。」
「……お前が変なのか、相手が変なのか、どっちかじゃないの。」
「おい。」
「結局さ、チャクラって本物なの?本物じゃないの?どっちなんだよ。」
正直に言う。
「わからん。」
「は?」
「神経叢との一致は事実だ。意識と体の変化も確認されている。でも『チャクラにエネルギーが宿っているかどうか』は、現代科学では証明も否定もできていない。観測する手段がまだない。」
「じゃあ信じる根拠ないじゃないか。」
「でも本物かどうかより、使えるかどうかの方が重要じゃないか。」
「どういう意味だよ。」
「第3チャクラ(みぞおち)を意識して呼吸を整えると、実際に緊張が解けて動きが変わる。これは俺が体験してきた事実だ。その背景がプラシーボだろうが神経叢の活性化だろうが、古代インドのエネルギー論だろうが——体が変わってるならそれで十分じゃないか。」
悪友はしばらく黙ってビールを飲んだ。
「まあ……わからんでもない。」
「お前がやってるAIKIXとかいうやつ、チャクラを体感できるの?」
「体感、という言い方が正しいかわからないけど、意識と体の変化を体験はできる。」
AIKIXは合気道の原理をベースにした、誰でもできるエクササイズだ。特別な運動経験は必要ない。
その中でやる動きの一部に、「特定の部位に意識を向けたとき、体がどう変わるか」を直接体感するものがある。力を入れているわけでも、特別な呼吸法を使っているわけでもない。ただ意識の向け先を変えるだけで、自分の体や、一緒にやっている相手の体に変化が起きる。
「眉唾だな。」
「だから体験しろよ。言葉で説明するより早い。」
話が終わって少しして、悪友がぼそっと言った。
「チャクラって、古代の人間が体の仕組みを感覚で捉えて、言語化しようとしたものかもな。」
「そう思う。」
「で、現代の科学が追いついてきたら、一部は神経叢として確認された。残りはまだ追いついてない。」
「そういうことだよ。」
「でも、科学で証明できないから嘘、とは言えないわけだ。」
「言えない。だって昔は、手を洗うことで感染症が減る理由も説明できなかった。でも手を洗うことは正しかった。」
「……ちょっと面白いかもな。」
これだよ。こいつのこういうところが好きだ。頭が固くない。ちゃんと考える。口は悪いけど。
科学で証明できないから嘘、ということにはならない。でも、証明できないから盲信しろ、ということでもない。
体で確かめてみる。それが一番誠実な答えだと思っている。